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gloomyfioreのブログ

フィクションです

3/30 深夜

たばこを吸った。はじめてのことである。私の周りは喫煙者ばかりなので、手に入れるのは至極簡単なことであった。まだ17歳の私がどうしてたばこなど吸っているのか、それは私にもよくわからない。好奇心か、はたまた寂しさなのか。

この2年間ほど私は形容しがたい虚無感に苛まれることが多々あった。たいてい夜で、初めのうちはどうしたら大丈夫になれるのか、ひたすらに思考し続けたのちに結局疲れ果てて眠りにおちていた。疲れ果てる境界線一歩手前のなんと絶望に満ち溢れたことか!そうして眠りにおちた朝は、素晴らしいほど清々しい。そう、すがすがしいほどに何も変わっていないのだ。「明けない夜はない」というパッセージは、大抵、いつか朝が来るという事実を希望的に見立てたものだ。暗い夜があったとしても、かならず光は差す。なんと生命力溢れた解釈であろうか。下らない。私は「明けない夜はない」という希望的観測に、絶望的心理しか抱けないのだ。どうして何も変わらないのに朝が来るのか。ずっとこのまま、ひとりぼっちで、答えのない問題に頭を悩ませ続け力尽きるほうが私にとってはよっぽど自由で、確かな幸せであるかもしれないのに。


どうしようもないことにどうしようもなく哀しくなり、全然大丈夫ではない状況下で笑顔になれるほど私は強くないのだ。茶化した態度で他人と接しているわたしは、一見して図太く鈍感であるように見られがちだが、ひどく繊細で、直ぐに傷付いてしまう。自分が作り上げた人物像なので仕方ないのだが、私がひどく繊細でいつもメソメソしているという事実に、母親でさえ気付いていないのだ。私には私を知る者がいない。もしかしたら、私ですら私を知らないのかもしれない。


こういった表面上の自分と本当の自分の行き違いにどうしようもない孤独を感じ、両方の私を愛してくれる人などいないのだろう、分かってくれる人はいないのだろう、という一抹の不安や絶望に、17歳の私は立ち向かう術を知らない。なぜなら私はもうどちらかの自分を捨てることなど出来ないのだ。この上ない生きにくさと歯痒さを抱えながら、今日もわたしは化粧をする。初めて飲んだたばこの銘柄は、キャスターの5㎜だった。